Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

   “鬼の出ぬ間に”
 


昼のうちでも、
まだまだ身を切るような寒風が鋭く吹きすさぶ、
今はまだ真冬の最中。
陽が落ちてのちの都大路には、
人より多く徘徊する邪妖の気配が犇めき合う。
その多くはさしたる力も無き者、
捨て置いても害は無く。
春にでもなり人々の気概が多く這い出る頃合いになれば、
それらの陽力に追いやられ、
自然と侘しいところへ掃き寄せられてのやがて。
時が過ぎれば自然消滅に至るのだけれど。

 「…っ。」

厚絹の衣紋の裳裾をひるがえすほどもの、
圧も高めな強風をまといし何者か。
どんと至近に弾けた勢いに、迂闊にも薙ぎ払われてしまった術師が、
咄嗟に体の前面へその腕を交差させ、
顔や喉に胸という、急所だけは庇ったところへと、

 「…! 蛭魔っ、上だっ!」

聞こえた声とほぼ同時、
全身の産毛が総毛立つほどの、感知したこと後悔させるほどの存在が、
正に頭上から降ってくるのが感覚で判る。だがだが、

 “………チッ。”

神経では察せても、それへ体を連動させるには間に合わず。
判っているのに逃れられぬとは、最悪の構図じゃねぇかと。
ぶうたれこそすれ絶望なんてしない。
せめての受け身にとその足元を踏ん張っての身構えれば、
チリチリ伝わるのは、周囲の空気の収束する気配。
よほどに大きな負の精気の塊が、
ここを目がけて降り落ちると予測され。
潰されてたまるかとぐうと歯を食いしばったそんな鼻先へ、

  ふっと、香った匂いがあって。

え?え?と、
何だろなんだろと、
術師殿の鋭敏な感応器が大慌てで解析するのを待つことなく、
続いて降って来たものは、そりゃあ判りやすい感触で。

 「じっとしてな。」
 「な…っ。」

垂れ込める夜気しかないはずな、
何もない宙から ぬうと染み出てくるなんざ、
人ならざる者にしか出来ぬ芸当。
そんな奇抜なことが可能な、
人外の存在であるくせに。
ふわりと広げられた懐ろの、何と深くて頼もしいことか。
そちらのまとう狩衣の、
着馴らして柔らかになってた胸元や衿の合わせへと、
引き寄せられるままに頬を伏せれば。

  なあ、お前って匂いなんて無いはずじゃねぇのかよ。

陰体のくせによ、
ましてや、亜空から滲み出て来たばかりな身のくせに。
頑強な筋骨の張った胸元は、いかにも頼もしかったし。
どんとすかさず落ちて来た何かの反動、
こちらにはかすかにしか伝わって来なかったけれど。
ぐうと唸ってそのまま、なかなかこちらを離さなかったのは、
重さだか、容積だか、念の強さだか、
随分と手ごわい押しがその双肩へとのしかかっていたからに他ならず。
なのに、それを跳ね飛ばす方へじゃあなくて、
こっちを覆い包むためにと、その腕使ってるもんだから。

  これじゃあ埒が明かねぇじゃねぇかよ。

飲み込みたいのか、押し潰したいのか。
向こうの意図は判らないながら、
こちらを打ち負かしたいのだろうことだけは確か。
だったらと、デカくて頼もしい胸板の、脇を通っての背中のほうへ、
うんうんと手を延べて回すと、指先に摘まんでた咒弊を上へとかざす。

  「葉柱、ちぃと熱いかも知れんがいいな?」
  「え?   ………のあっ!」

負の圧 固めし陰の気勢へ、
それを相殺してやるだけの、強い陽の咒をほとばしらせてやれば。
氷へ至近から大容量の炎を浴びせたようなもので、
こちらへ襲い来たおりの
“どんっ”という一気呵成に負けぬ勢い、
一斉攻勢には太刀打ち出来なかったらしくって。
不意な閃光を撒き散らかして、
笠になってた大きな背中の輪郭が、
こちらからの背景だった夜空から
浮き上がって見えた次の間合いにはもう。
一気に蒸散したものか、気配さえ残さずに消え失せたものの。


  「……………何しやがるかな、お前はよ。」


そういやこいつも陰体だから。
陽系の咒にはただならない衝撃受ける相性なのだが、

 「ちゃんと言ったろがよ、ちぃと熱いかも知れんと。」
 「了解は取ってねぇだろがっ!」

大声出したその反動がまた響いたか、
精悍なお顔を苦しげに歪めると、おととと前のめりに倒れかかったその上体を、

 「あ・うわ、こら しっかりせんかっ!」

しまった、こっちへ倒れ込むのは計算外。
この身にて引き受けることになろうとは、思っても無かった蛭魔が慌てたけれど、
後の祭りで、

 「わっ☆」

ぱさんと、冬枯れの雑草の株の上、
大柄な侍従殿に押し潰されそうな勢いで、
押し倒された格好になった。

  あ〜あ、だな。

せっかく見事に封滅し終えたんだのに。
大体だな、別に庇ってもらわんでも、
あんな俗邪なんざ、一瞬で掃討出来たのによ。
聞こえてんのか、こら、このクソ蜥蜴。
さっきから快癒の咒を掛けてやってるだろうがよ。
お〜いと黒い髪を引っ張れば、

 「…厭味言うのと同時じゃあ、
  効くもんも効かねっての。」
 「わ…☆」

こちらの体の下へとねじ込まれたのが、左右からの長い腕。
それで蛭魔の痩躯を搦め捕りがてら、
がばりと身を起こした葉柱であり。
一気に身を起こされつつ、そのまんまぱふりと迎えられたのが、
さっき庇ってくれていた、安寧の空間の中と来た日にゃあ。


  これはイヤってんなら、屋敷までを単身で飛ばしてやるが。

  〜〜〜〜〜。///////

  但し、そっちだと広間の寝間辺りへ直撃だ。
  板の間にぶつかんのは結構痛いぞ?

  貴様、主人を脅すかよ。

  だったらこれで我慢しな。


爪先だちになるほども、
頼もしい腕にぎゅうと抱え上げられての懐ろにくるまれて。
さて行くぞと、耳元で深いお声で囁くのも、
ホントの本当に必要な手順なのやら。
いつの間にか顔を出してた冴月の、しとどに降らせる蒼光の中。
夜風に溶け込み消えた彼らを、
名もなき草どもが惜しむよに揺れて、見送っておったそうな……。




  〜Fine〜  10.01.29.


  *意地っ張りな陰陽師さんは、
   案外と直接攻撃に弱いんじゃないかと思われます。
   屁理屈ならべて、悪態ついてても、
   こんな風にぎゅうってされてしまうと、
   あわわと焦ってしまって冷静な判断とか出来なくなったりしてね。
   勿論のこと、総帥様限定の反応ですけれどvv

ご感想はこちらvv めーるふぉーむvv

ご感想はこちらへvv  

戻る